走って、パパして、仕事して。ときどき夫。。

45歳からマラソン始めました。夢はサブ3、富士山登頂競争完走。

水都大阪については明日。。私のサラリーマン時代。。出世、裏切り、降格。。③

昨日は整骨院に行ってきました。

後は明日、

明日は走ります。

 

そして水都大阪どうするか決断します。。 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 私のサラリーマン時代。。出世、裏切り、降格。。。①

 

私のサラリーマン時代。。出世、裏切り、降格。。。②

 

 

平成10年4月、

私は半年の約束で大阪転勤となった。

 

 

大阪での生活は食べ物も美味しいし、

私の性分に合った。

 

仕事は最悪だ。

パワハラ女性上司の下で早朝から夜中まで毎日毎日どろどろになって働く。

ボーっとする時間はない。

何もしない時間は作らせてくれない。

外回りに行くと必ず成果を求められる。

大阪支店新規進出で社員は次々と入ってくる。

次々とやめていく。

朝礼で正気の沙汰ではない怒りをぶちまけられ、

次々と職員が辞めていく。

ハサミをなげつけられたこともあった。。。ほんまに。。。

私とD君(愛知から一緒に来た4歳下のほぼ同期の同僚)は歯を食いしばって頑張った。

大阪支店は新規進出で2つの営業所(大阪市内と東大阪市)を開設したが、

進出と同時に売り上げが上がった。

私たちは東大阪市だ。

すぐに全国トップクラスの営業所になった。

 

 

7月、突然チャンスがやってきた。

好調な大阪支店、

一気に拡大していこうということで私が営業所の一つを任されることになった。

 

泉大津市に出来た営業所だ。

何よりうれしかったのはもうこれで因縁の女性上司の下で働かなくて良いということだ。

Dくんも連れて行きたいとお願いしたがそれはかなわなかった。

大阪で雇った職員の中でもうぎりぎり辞めそうな社員を4人あてがわれた。

 

開設して2カ月後、

50以上あった営業所の中でトップの成績をとった。

私がトップをとったのはこの月だけなのでまぐれであったが、

まわりの人の私を見る目は変わったと思う。

(いい風にも悪い風にも。。。)

 

 

拡大路線で、

軌道に乗った泉大津営業所は他の支店から新たに転勤してきたチームリーダーに託され、

私は北摂地方を担当することとなった。

主な営業エリアは枚方、高槻、吹田、摂津、茨木、守口だ。

沢山の部下を任され頑張った。

大阪支店は順調に数字を伸ばしていった。

 

 

そして約束の半年が経った。

半年の約束で転勤してきた私とD君だったが、

私には課長代理、D君にはチームリーダーの役職が与えられとどまるように説得された・・・というか命令だった。

大阪支店は50人規模の組織となった。

 

 

平成12年、クーデターが起きた。

 

京都支店の開設。

これだけを見ると順調に会社の規模が大きくなっていくということだが、

大阪支店創設メンバーの一人で支店内で権力を持っていた女性上司が追い出される形で京都支店の創設メンバーに名を連ねた。

名目は課長への出世、京都支店のNO2としての栄転だ。

 

しかし大阪支店は自分が作ったというプライドがある女性上司は荒れた。

気持ちは分かる。

 

でもこの荒れ方が分けわからん。。。

 

 

その怒りは私とD君に向けられた。

私とD君が合作して追い出されたと荒れていたのだ。。。

 

はっきり言う。

全く関係ない(笑)

もう会うのは月に2~3回。

一緒に働いているわけではないし、

私もD君も自分たちの営業所のことで精一杯。

同じ大阪支店の中でこの女性上司の営業成績は一番だったし、

その数字は私たちの支店の数字にもなる。

全国の中でも大阪は売り上げが良い。

頼りにすることはあっても追い出す意味がない。

 

この女性上司を追い出したのは、

同じく初期出店メンバーの課長と部長代理だ。

 

大阪支店の支店長は常務の一人のかたが兼任していたが、

課長が支店長になることになっていた。

そこで邪魔になったのが女性上司だったのだろう。

 

私とD君はだしにされた(笑)

 

 

これは事実で数年前D君が直接女性上司からそういう話を聞いた。

そしてこの思いをこの女性上司は私が会社を辞めるまで持っていた。

表面上ではにこやかに会話することもあったが彼女は私をずっと恨んでいたということだ。

勘違いなのにね。。。

 

 

課長は自分より仕事が出来る人、

自分の言うことに反発する人を遠ざける。

そんな上司だ。

 

私は順調に売り上げを作っていたが、

課長が支店長になり、

成績の悪い営業所を立ち直らせろという名目で売り上げがなかなか上がらない営業所へ配属された。

 

 

平成13年4月、

今度は私が追い出された。

課長と私たちが大阪に来て雇ったEという社員に大阪支店を追い出されることになる。

Eは野心が強く、自己顕示欲が強い。強引で聞く耳を持たない。

ただし営業能力は高い。

 

 

神戸支店創設。

 

ただ私自身、そこに夢と希望を持った。

 

上に常務と支店長が居たがその下という形での配属。

 

愛知県から一緒に出てきた、

Cさん(2つ年上の先輩で同僚)

D君、女性社員、事務員。

このメンバーでスタートした。

 

 

これで大阪支店で創設メンバーで残っているのは、

課長と部長代理、

後は他支店から創設後に転勤してきたチームリーダーが2人だけ。

課長が支店長となった。

 

 京都支店は、

パワハラ女性上司と最初に一緒に来たチームリーダー。

やはり社員は入ってはやめてを繰り返していた。

 

神戸支店は、

私とCさん、D君。

 

平成13年度がスタートした。

私は31歳。。

 

つづく。

ちなみにこの記述はかなり正確だ。

その当時のメモも残っているし、

何よりD君は今私の会社で働いてくれている(笑)

そのいきさつについてはまた。。

 

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