明日は京都マラソン。
はい。出ません(笑)
小雨のようですね。
3年前コロナの始まり最後に開催された都市型マラソンが京都だったと思う。
あの日も雨が降った。
河川敷の水たまりで靴がぐちゅぐちゅになり、
足の裏と指に大きな水膨れが出来た。
あんよが痛かった。
内容としても凡走中の凡走(笑)
そういえば走ってる途中でいっちゃんが歩いている姿を見た。
べんひろさんご夫婦と初めて会ったのも京都だった。
また機会があれば走りたいな。
さて、才能について。
ググったらこんなん出てきた。
才能とは、
ある個人の素質や訓練によって発揮される、物事を成し遂げる力。
生まれながらの天才というものは存在しない。
(フロリダ州立大学アンダース・エリクソン教授が超一流と呼ばれるスポーツ、芸術、チェスなどの人達を30年かけて調べた研究)
才能とは、
ある個人の素質や。。
素質=才能とも言えるだろう。
つまり素質は生まれてから成長していく過程で作られていくということだろうか。
そしてある時、
何人かの人が同時に何かをしたときに突出した成果を出す人もいればそうではない人もいる。
体格とか骨格の違いはあるだろう。
身体の強さや筋肉の質の違いもあるのではないか。
でも確かに超一流と呼ばれる人、そしてそれを長年にわたって発揮する人は、
人一倍努力しているのは間違いない。
そしてよく考えていて同じ1時間のトレーニングであったとしても質の違いで成果が違う。
1日3時間トレーニングしたとしたのなら、
1週間で21時間、
1カ月で90時間、
1年で1095時間。
質の差が1しかなかったとしてもたった1年で1095の差がつく。
私と同じ日に生まれた人はいっぱいいるだろう。
そしてその人達は私とは全く違う人生を歩んでいる。
生まれてから50数年の積み重ねが今ということだ。
後悔しかない(笑)
市民ランナーの一つのステータスがサブ3(3時間未満でフルマラソン完走)となるのだろう。
そりゃ~私だってしてみたいわな(笑)
出来るものなら(笑)
ただ思うのはちゃんと努力すればほぼ全ての人がたどり着ける目標ではあると思う。
じゃあしろよ(笑)
出来ないんだなこれが(笑)
女性より男性のが少ない努力で達成できる。
そして20代、30代の方の方が少ない練習量でたどり着けるだろう。
これは肉体的な細胞レベルでのことになるだろう。
疲労も抜けやすいし、より強度の高い練習を続けれるだろう。
市民ランナーなら40代後半に自己ベストが出せると言う記事が最近のランナーズに乗っていた。
50代からはやはり衰えとの戦いになる。
それでもきっちりと練習時間をとり質の高い練習が出来れば、
50代から走り始めた人でもサブ3を達成している方は何人もおられる。
60過ぎても頑張っているランナーはそれこそそこまでの努力の賜物。
尊敬でしかない。
私はというと7年間走ることを趣味にしてきて、
なんとかかんとか3時間30分を2回切ったことがある。
それが私の現在地だ。
ここから練習時間を確保して、
故障しないような計画を立てて質の高い練習をすればサブ3も出来るはずだ。
でも出来ない。
それは才能がないから。
その才能というのは走る才能のことではない。
今、私は「リバーサルオーケストラ」というドラマを見るのを楽しみにしてる。
門脇麦さんと田中圭さん主演のドラマなのだけど面白いし、オーケストラの演奏を楽しみに見ている。
今週こんなシーンがあった。
チェロ奏者 「~才能の差って残酷」
ティンパニー奏者 「才能ならあるんじゃない。あんたにも俺にも」「努力する才能。世の中続かないやつが多い。好きなことをしゃかりきになって続けていく才能が~」
こんな会話だったと思う。
お酒も飲みたい。美味しいもの食べたい。あれもしたい。これもしたい。
しんどいとすぐさぼっちゃう。やろうと決めたことをやりきれない。。。
私にはしゃかりにき努力する才能が足りてない(笑)
でもね。
7年間も楽しみながら続けているのはすごいことだと思うのよ。
続ける才能はある。
シャカリキに努力する才能はないけど続ける才能はある。
そう思う。
サブ3を狙うのはもう無理だと思っている。
でも来年、再来年ともう一つ上のレベルを目指したいとは思っている。
それにはしっかり走りこんで、
負荷の高い練習を行っても故障しない身体を作ることが大事だと思っている。
大阪マラソンはPB更新は狙えない。
調子が良くてコンディションに恵まれたらサブ3.5は狙えるかな。
高くは望まず、
一生懸命走り楽しめたらいい。
そしてそれが終わったら少し休んで来年、再来年ともう一つ上のレベルにいけるように取り組んでいきたいと思う。
そんなことを昨夜飲み過ぎて朝走らず布団の中で考えていた。
それが才能なしの私です(笑)
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